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最高裁判所第三小法廷 平成9年(あ)961号 決定 1998年3月27日

本店所在地

千葉県市原市平田五六一番地一

株式会社 カワイ住宅

右代表者代表取締役

川井清雅

本籍

千葉県市原市馬立二〇〇八番地二〇

住居

同 市原市西広四六〇番地

会社役員

川井清雅

昭和二五年五月二四日生

右株式会社カワイ住宅に対する法人税法違反、右川井清雅に対する法人税法違反、所得税法違反各被告事件について、平成九年八月四日東京高等裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らから上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人秋山泰雄、同上出勝の上告趣意は、事実誤認、単なる法令違反の主張であって、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 千種秀夫 裁判官 園部逸夫 裁判官 尾崎行信 裁判官 元原利文 裁判官 金谷利廣)

平成九年(あ)第九六一号

(一) 法人税法違反 株式会社カワイ住宅

川井清雅

(二) 所得税法違反 川井清雅

法人税法違反

上告趣意書

表記各事件についての上告趣意は以下のとおりである。

平成九年一〇月三〇日

上告人ら代理人

弁護士 秋山泰雄

同 上出勝

最高裁判所第三小法廷 御中

第一点 法人税法違反の判示についての上告理由(その一)

-被告会社の所得額の認定について

第一 はじめに

(一) (控訴趣意)

(1) 控訴趣意の第一点は、以下のようなものであった。

(2) 第一審判決は、被告会社には、被告会社から千葉瓦斯株式会社(以下、「千葉瓦斯」という。)に対する本件各土地の譲渡による金五億二、八四〇万円の収益があったとする。しかし、そのうち、<1>金一億五、二四〇万二、〇〇〇円は本件各土地の登記簿上の所有者である亡田野清の相続人らが売買代金として取得したもの、<2>金二億四、〇一七万六九五円は北島居宅およびその敷地に対する借地権を有していた田口稔昌、川井源一が取得したものおよび<3>穴川物件の北島貴美子に対する譲渡による収益は田口稔昌、川井源一に帰属したと認めるべきものであって、被告会社の収益とは認められないものである。しかるに、同判決は、法人税法二二条一項を無視し、同法一一条の要件の充足性につき何ら説示しないまま、「課税上」という何ら法令上の根拠のない内容不明の論理によって右<1>ないし<3>を含む収益が被告会社にあったと認定したものであって、憲法八四条の定める租税法律主義にも反する違法不当なものであり、判決に影響及ぼすこと明らかな事実誤認及び法令の解釈の誤りならびに理由不備および理由齟齬がある。

(二) (原判決の判示)

しかるに、原判決は、右控訴趣意に対して、右収益に関する所得金額の認定において、北島居宅を取得するについての仕入金額三、三九二万五、二五〇円(底地購入金額一、六九二万五、二五〇円および地上権放棄料名目金一、七〇〇万円)を損金として計上すべきであるにもかかわらず、第一審判決にはその計上がないとして、同金額を差引いた金額を実際所得金額と改めたほかは、第一審判決の判断は相当であるとした。

(三) (上告理由)

しかし、原判決の右判示には、以下に述べる点に、判決に影響を及ぼすべき法令の違反および重大な事実の誤認があって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

第二 上告理由

一 法人税一五九条一項違反は、いうまでもなく、同法に規定するところによって納付すべき税額があると認められるときに、その税額について成立するものである。

したがって、一定金額の法人税を納税すべき義務の存在は同条違反の構成要件事実であるから、その存在について厳格な証明がなければ、同条違反の成立は否定されなければならない。しかるに、右<1>ないし<3>については、以下に述べるとおり、それぞれ他の者の収益と認めるべき合理的理由があり、これらを被告会社の収益と認定することは出来ない。

二1(一) 右<1>ならびに<3>の収益の帰属を論ずるための前提として、原判決の判示および右判示には含まれていないが証拠上その真実性に疑問の余地のない事実に基づいて、その使用関係、権利関係およびそれらの移転経過を整理すると次のとおりである。

(二)(1) 本件各土地は、昭和五六年に死亡した田野清が所有し、その所有権取得登記名義を有していた。

(2) 本件土地上には、北島建設工業株式会社が所有する事務所(以下、「北島事務所」という。)および北島喜美子が所有する居宅(「北島居宅」と述べてきたもの。以下、同じ。)などの建物があり、いずれの建物の敷地についても借地権が設定されていた。

(3) 田野清が昭和五六年三月九日に死亡した後、本件各土地を含む同人の遺産の相続について相続人間において協議がなされたがまとまらず、その分割についての紛争が遺産分割調停事件として千葉家庭裁判所に係属していた。

(4) 北島建設工業株式会社の第三者に対する債務に基づいて千葉地方裁判所は昭和六三年北島事務所について強制競売手続を開始した。

右手続においては、北島事務所の敷地として本件各土地のうち六九〇番一について借地権(期間昭和五三年一〇月一日から二〇年間、地代月額金三万円)が付着しているものとされ、建物代金は金一、四四六万五、〇〇〇円、借地権価格は金二、五六五万八、〇〇〇円と評価され、その最低競売価格はその合計額である金四、〇一二万三、〇〇〇円と定められていた(弁第二七、二八号)。

被告会社は、昭和六三年一二月五日、その名義により同裁判所に買受申出をして保証金八〇二万六、〇〇〇円を納付、平成元年一月三〇日残代金を納付して、売却決定を得てこれを取得し、北島事務所につき被告会社に対する所有権移転登記手続がなされた。

(5) 他方、北島居宅については、北島事務所について右買受の申出をした頃、橋本巌とその所有名義人であるとともにこれに居住する北島喜美子との間において、その売却についての交渉がなされた結果、昭和六三年一二月二〇日、被告人が千葉中央銀行中央支店に金一、九〇〇万円を持参して、同銀行が北島事務所に設定していた抵当権設定登記が抹消されたうえ、千葉地方法務局同月二三日受付をもって田口稔昌、川井源一に対してその共有持分各二分の一の所有権移転登記手続がなされた。そして、北島居宅につき売主を北島喜美子、買主を田口稔昌、川井源一とする同月二〇日付の借地権付建物売買契約書が作成された。

北島居宅の取得後、田口稔昌は、その敷地に対する地代として、昭和六四年一月七日から平成元年九月一二日までに七回にわたり月額金三万六、五一五円の割合による金員を北島喜美子名義の銀行口座に振込んで支払った。

また、北島喜美子に対しては、その要求に基づいて、千葉地方裁判所の競売物件であった千葉市穴川所在の土地建物(以下、「穴川物件」という。)を三本松義雄名義により競落代金金三、一一一万一、一〇〇円を納付し、平成元年二月二七日売却許可決定を得て取得したうえ、北島喜美子に譲渡して同人の長男北島高志名義に所有権移転登記手続をした。

さらに、北島喜美子は、千葉瓦斯からの土地代金支払の際に「地上権放棄料」として金一、七〇〇万円を受取った旨の領収証を交付した。

(6) 田野清の相続人ら間の遺産分割協議は、平成元年九月一三日にまとまり、本件各土地は、一括して第三者に売渡したうえ、その代金を相続人間において分割することとなった。

(7) それまでの間、関係者間においてなされてきた交渉、協議に基づいて、本件各土地は千葉瓦斯に対して更地として売渡すこととなり、同年九月、国土利用計画法の規制に基づき必要であるとして、売主を被告会社および音羽建設(ただし、建物の売主は「売主の指定する他の第三者」とされた。)、買主を千葉瓦斯とし、売買代金を合計金五億四、八〇〇万円(内訳として本件各土地分二億円、建物分三億四、八〇〇万円)とすること、建物は売主の負担と責任で取壊し土地を更地として買主に引渡すことなどを記載し、当事者および関係者の記名押印した「協定書」が作成された。

(8) 他方、千葉瓦斯に対する本件各土地の譲渡が具体化したころ頃、北島事務所とその借地権および北島自宅とその借地権の千葉瓦斯に対する譲渡により得られる利益に対して課税されるべき譲渡所得税の逋脱を図るために、橋本巌、被告人らは、北島事務所および北島居宅については橋本巌の知人の経営する株式会社大東食品(以下、「大東食品」という。)がこれらを取得したうえで、同社が千葉瓦斯に売却した形式を仮装することとして、あらかじめ、北島事務所について売主を被告会社、買主を大東食品としその売買代金を金五、二〇〇万円とする売買契約書および北島居宅について売主を田口稔昌、川井源一、買主を大東食品としその売買代金を金四、五〇〇万円とする売買契約書を作成し、平成元年一〇月四日それぞれその旨の所有権移転登記手続を行った。

(9) 北島喜美子は、代替家屋である穴川物件について同人の長男に対する移転登記がなされたうえ補修工事の終了した平成元年一〇月二〇日ころまでに、北島居宅を立退いた。その後、北島事務所および北島居宅は取壊され、本件土地は更地となった。なお、その取壊費金三〇〇万円が千葉瓦斯から三門工業に対して支払われた。

(10) 同月二五日、三菱銀行千葉支店において、関係者出席のもとに右売買の決済がなされた。

本件各土地については、売主を相続人らそれぞれとし、買主を千葉瓦斯とする土地売買契約書が作成されて、相続人それぞれに対して各契約書に記載されたとおりの金額(合計金一億五、二四〇万二、〇〇〇円)が交付され、それと引換に、それぞれ相続人らは右代金の領収書および本件各土地について千葉瓦斯に対する所有権移転登記手続をするのに必要な書類を交付した。また、北島事務所、北島居宅については、売主を大東食品、買主を千葉瓦斯とし、売買契約を金三億六、二五九万八、〇〇〇円とする借地権付建物売買契約書が作成されて、手付金の既払額を控除した残額が一括して被告人に対して交付され、被告人は大東食品名義の領収書を千葉瓦斯に対して交付した。

千葉瓦斯に対する本件各土地についての所有権移転登記は、同日、同社の依頼した司法書士を代理人とする登記申請手続によりなされた。しかし、北島居宅、北島事務所についてはすでに取壊ずみであるため、千葉瓦斯に対する移転登記はなされなかった。

2(一) 右に述べた本件各土地の使用関係、権利関係およびその移転経過などによれば、本件各土地の千葉瓦斯に対する譲渡についての契約書上および登記上の法律関係は、

<1> 土地所有権(底地権)につき相続人らから千葉瓦斯への譲渡。

<2> 北島居宅とその敷地に対する借地権につき、田口稔昌、川井源一から大東食品への譲渡を経て、大東食品から千葉瓦斯への譲渡。

<3> 北島事務所とその敷地に対する借地権につき、被告会社から大東食品への譲渡を経て、大東食品から千葉瓦斯への譲渡。

とからなり、それらが一括して同時になされた結果、千葉瓦斯が本件各土地を更地として取得することが出来たのである。

(二)(1) なお、右<2>および<3>の千葉瓦斯への譲渡人は契約書上および登記上は大東食品であるが、大東食品は、脱税目的のためだけに右売買契約に介在させられたダミーにすぎず、仮装された譲渡人であることが関係証拠上明らかであるから、法律関係の理解としても、大東食品は譲渡人とは認められず、実質的な譲渡人をもって法律関係上の譲渡人とするのが相当であるところ、その譲渡人は、右<2>については田口稔昌、川井源一、右<3>については被告会社と認めらるべきものである。したがって、課税関係上は、その収益は、<1>については相続人ら、<2>については田口稔昌、川井源一と理解すべきものである。

(2) また、穴川物件の北島喜美子の長男高志に対する譲渡の形式的法律関係は競落人である三本松義雄から右長男に対する譲渡であるが、穴川物件は、北島居宅の代替物件として、その譲渡の条件とされていたものであるから、実質的には、北島自宅の取得者である田口稔昌、川井源一が取得して、これを北島喜美子に対して譲渡したものと理解すべきものである。したがって、右収益は、田口稔昌、川井源一に帰属したと認めるべきものである。

3 (1) しかるに、第一審判決は、本件各土地は、被告会社から千葉瓦斯に対して更地として譲渡されたものであるとの判断を示し、その結果として、右<1>ないし<3>による収益はすべて被告会社に帰属したものと認定した。原判決は、右判断の理由として、右譲渡の法律関係には何ら言及することはなく、関係諸事実を列挙したうえで、これらの事実を総合考慮すると、課税事実上、千葉瓦斯の支払った譲渡代金はすべて被告会社に帰属すると認定できると判示し、右認定を肯認し得ない理由として弁護人らが指摘した事実に対しては、すべて右認定を覆すに足りないものとしてこれを排斥した。

(2) 原判決は、第一審判決の右判断は相当であるとしてこれを肯認したうえで、第一審判決を批判する弁護人らの主張についての判断を付加しこれをすべて排斥した。

しかし、右判示は、結局、本件各土地の譲渡による収益の帰属の判断を示すにあたり、右に述べたその法律関係をどのように理解したのかについておよび右法律関係のもとにおいてそれがすべて被告会社に帰属すると判断する法人税法上の根拠、理由について述べるところがない。すなわち、原判決は、被告会社がその判示する金額の所得を得たうえ、これを前提として算出された法人税の納付義務を負うものであることを法人税法上の根拠・理由も説示しないままに、認定、判断したものというべきである。

三1 いうまでもなく、法人税法一五九条一項の定める逋脱罪は、法人税法の規定に基づいて納付義務のある税額があるにもかかわらず、「偽りその他不正の行為」によってこれを免れることを構成要件とするものである。したがって、法人税の納税義務のあることおよびその税額は右構成要件の一部であり、その成立のためには右の点につき「厳格な証明」がなされなければならないのであり、合理的な疑いがあれば、その限度において、逋脱罪の成立は否定されなければならない。

2(一) 法人税課税の前提事実である所得は法人税法の規定に従って認定すべきものである。同法二二条は、法人の「所得」とは、当該事業年度における「益金」から「損金」を控除した額と定め、同法第一節各条は「課税標準及びその計算」について規定するが、そのなかには益金、損金の帰属の判断基準についてはとくに規定するところがない。

他方、同法一一条は「実質所得者課税の原則」として「収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する法人に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。」と規定している。すなわち、所得の帰属の名義ないし形式と実態とが異なる場合には、実態によるべきことを定めているのである。したがって、そうではない場合、すなわち、「収益の法律上帰属するとみられる者」が「単なる名義人」であるとは認められない場合には、その反対解釈として「収益の法律上帰属するとみられる者」に所得が帰属したとして課税するのが同法の原則と解すべきこととなる。

(二) このように解すべきであることは、実質的にも、肯認されるべきである。すなわち、法人税は法人による経済的活動の成果に課税するものであるところ、経済的活動は、関係者間の権利義務を内容とする契約関係の形式をとって結実し、法律的な拘束力を与えられることになるのが通常の姿である。経済的取引の内容は、原則として、当事者の自由に委ねられているから、それに関する契約関係の内容もまた当事者がその合意により自由に選択し定めたものとなる。すなわち、その取引により誰がどういう内容の収益を得るかは関係者の合意により定まり、契約関係はその合意を法律的に表現したものである。したがって、それによる収益は法律上それが帰属するとみられる者に帰属するのが通常である。そこで、法人税法は法律関係上収益の帰属するとみられる者にそれが帰属したものとして課税すべきこととを定めたものと理解されるのである。

2(一) しかし、法律関係上収益が帰属するとみられる者がそれに関する経済的取引の実質的な当事者でない場合もあり得るところから、その場合には、それによる収益は実質的所得者に帰属するものとして課税することとしたのが同法一一条の規定であると解されるのである。すなわち、同条は、収益の帰属の判断基準は原則として法律関係であるとしたのであり、課税庁が、収益に関する法律関係を無視して、実質的な収益の帰属を裁量的に認定し課税することを認める趣旨とはとうてい解することは出来ないのである。

例えば、不動産の売買において、それが売主から買主に対して直接的に売渡されずに、売主と買主との間に、さしたる必要性があるとも思われないのに、第三者が中間的取得者として介在し利益を得ているために、その分だけ売主の利益が減縮されているという場合がある。このような場合においても、そのような収益の配分がなされるについては、関係者間には、それなりの経済活動上の理由があってなされているのであるから、実際に、収益の配分がなされているのが事実であるかぎり、課税庁が、その当否を判断して、実際と異なる収益の帰属を裁量的に認定することは、法人税法の規定上それが許される場合でなければ、法令上の根拠、理由を欠くものとして違法であり許されないのである。

そして、同法一一条は、法律上収益の帰属する者が「単なる名義人」である場合に、それが実質的に帰属する者に課税することを認める規定であるが、すでに述べた同条の趣旨によれば、「単なる名義人」であるかどうかの判断基準は、実際に、収益が帰属した者であるかどうかである。

(二) したがって、当該取引の法律関係に基づいて法律上収益の帰属するとみられる者以外の者に収益が帰属したと認定するためには、収益の帰属するとみられる者が「単なる名義人」であることを確定する必要がある。そして、この点は、構成要件としての納税義務の存在の法令上の根拠ないし理由たるべき事実であるから、当然に、判決理由中に説示すべきものである。

(三) しかるに、原判決は、右に述べたとおり、関係事実を列挙したうえで、これらを総合考慮すれば、千葉瓦斯の支払った譲渡代金はすべて被告会社に帰属したと認定できると判示したにとどまり、本件各土地の譲渡についての法律関係を判示せず、明らかに契約関係上収益の帰属するとみられる者への収益の帰属を否定しながら、その法令上の根拠、理由については何ら説示するところがない。

すなわち、原判決の右判示は納税義務発生の点について法人税法上の根拠、理由をまったく示さないものというべきである。

3(一) もっとも、原判決は、千葉瓦斯の支払った譲渡代金の収益は全部被告会社に帰属したと認定する一方で、相続人らに対して支払われたその土地所有権(底地権)の譲渡代金については、その全額を被告会社の損金に計上しているから、被告会社の所得額の算定には右認定は実際上の影響を与えていない。また、原判決は、穴川物件の北島喜美子に対する譲渡の収益についても、被告会社に帰属したと認定する一方でその取得に要した代金などの支出についても、その金額を被告会社の損金に計上しているから、被告会社の所得額の算定には右認定は実際上の影響を及ぼしていない。

(二)(1) 被告会社の所得額の認定に重大な差異を生じさせているのは、北島居宅とその借地権の譲渡代金に相当する部分の収益について、千葉瓦斯からの譲渡代金の一部としてこれを被告会社の収益と認定する一方で、その損金としては北島居宅とその借地権の取得に要した費用および穴川物件の取得費用を認めたにすぎない点にある。すなわち、もし、本件各土地は被告会社から千葉瓦斯に対して更地として譲渡されたものであり、その収益は全額が被告会社に帰属したとするのであれば、田口稔昌、川井源一がその所有名義人である北島居宅とその借地権については、法律関係上は、被告会社は同人らからその譲渡を受けて借地権契約を解消したうえで千葉瓦斯に対して譲渡したことにならざるを得ないのであるから、被告会社は同人らに対して北島自宅とその借地権の価額を支払われなければならない関係になるはずであるのに、原判決はこの点を看過し何ら説示するところがない。

(2) しかし、すでに述べたとおり、北島居宅とその借地権は田口稔昌、川井源一から直接的に千葉瓦斯に譲渡されたものと解すべきであり、したがって、その譲渡代金相当額は同人らの収益であると認められ、右金額の収益が被告会社に帰属したと認定すべきではない。また、かりに、居宅とその借地権は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたものとするのであれば、被告会社は同人らに対してその価額相当額を支払うべきものであるから、その取得費用にとどまらず、転売利益部分をも含めて、被告会社の損金に計上すべきものである。

(3) しかるに、原判決が、北島居宅とその借地権は田口稔昌、川井源一が千葉瓦斯に譲渡したものとは認めず、また、その転売利益相当額を被告会社の損金とも認めない理由は、その判示によれば、北島居宅とその借地権は被告会社が取得したものであると判断し、同人らが取得したものであることを認めないところにある。

しかし、原判決の右判断は以下にのべるとおり明白な誤りである。

四1 本件各土地の取引の経緯については前述したとおりである。

右経緯によれば、本件各土地は被告会社が千葉瓦斯に対して更地として譲渡したと認定すべき余地はない。

本件各土地を千葉瓦斯に譲渡するについて締結された契約書の内容、代金支払の名宛人と現金の授受、登記上の権利の移転経過などをみれば、<1>相続人らからの千葉瓦斯に対する土地所有権(底地権)の譲渡、<2>田口稔昌、川井源一から千葉瓦斯に対する北島居宅とその借地権の譲渡および<3>被告会社から千葉瓦斯に対する北島事務所とその借地権の譲渡とが、同時に一括してなされたものであり、千葉瓦斯はその結果として、本件各土地を更地として取得したと理解すべきが当然である。

2(一) しかるに、原判決は、本件各土地は更地として被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたものと、判示する。その理由として第一審が判示し、原判決が相当として判示したところは、昭和六三年頃に、橋本巌が被告人に対して競売物件であった北島居宅の取得を勧めたことにはじまり、相続人らの遺産分割協議の経過と内容、被告人が関係者に対して本件各土地を取得して転売する意向を表明したこと、脱税工作の準備、北島事務所の取壊しなどの本件譲渡に至るまで一年間近くにも及んだ経緯を列挙して、これらの事実を総合すると、「課税事実上」右判示のとおりに解することが出来るというものである。

(二)(1) しかし、右判示は本件各土地を更地として千葉瓦斯に譲渡するために最終的に合意され締結された契約書に示された法律関係にはいっさい言及していない。すなわち、原判決は、右譲渡による収益の帰属を認定するについて、交渉内容や経緯に重要な意味を認める一方、交渉や経緯を経て、最終的に成立した契約関係をまったく無視したのである。法律関係こそ収益の帰属を決定する主要な要因であるが、原判決は、このことを無視したうえ、交渉や経緯は最終的合意に至るまでの過程にすぎないこと、その過程のうえに最終合意に至ったのであって交渉や経緯は最終的合意そのものとは別のものであることさえ理解しないものであり、とうてい肯認することの出来ない判示である。

(2) 右判示はとうてい肯認できるようなものではないことは以下の事実を考慮するだけでも明らかである。

すなわち、被告会社が千葉瓦斯に譲渡したものとすれば、相続人らは最終決済までに本件各土地を被告会社に譲渡していたことにならざるを得ないのであるが、その譲渡についてはそれを認めるに足る何らの証拠も事実も存在しないのである。本件各土地の所有権(底地権)の譲渡については、最終決済の際に締結された契約における売主は相続人ら買主は千葉瓦斯であり、譲渡代金は千葉瓦斯から相続人らに直接に交付され、その領収証も相続人ら名義のものが千葉瓦斯宛に交付されているうえに、相続人らから千葉瓦斯に対して本件各土地についての移転登記手続に必要な書類が交付されて千葉瓦斯に対する移転登記がなされているのである。他方で、本件各土地の所有権を相続人らから被告会社に譲渡することについてはそのことを目的とする交渉がなされたことさえまったく認められないし、相続人らが本件各土地を被告会社に譲渡したうえで千葉瓦斯に譲渡しなければならない、あるいは、そのほうが好都合であるような理由、事情はまったく見当たらないのである。

本件各土地の所有権のこのような法律関係を含む譲渡の経緯によれば、本件各土地の所有権は、いったん相続人らから被告会社に譲渡されたうえで、被告会社から千葉瓦斯に譲渡されたと認定する余地のないことはあまりにも明白なのである。

すなわち、本件各土地は更地で被告会社から千葉瓦斯に譲渡されたものとする判断は、事実関係を離れることあまりに遠く、とうてい成立し得ないものと言わざる得ないのである。

(三) したがって、本件各土地は更地として被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたと認める余地はなく、原判決はこの点において重大な事実の誤認または法令適用の誤りを犯したというべきである。

五1(一) 右に述べたところによれば、本件各土地の千葉瓦斯に対する譲渡の法律関係は、<1>相続人らから本件各土地の所有権(底地権)、<2>田口稔昌、川井源一から北島居宅とその借地権および<3>被告会社から北島事務所とその借地権とが、千葉瓦斯に対して同時に一括して譲渡され、その結果として、千葉瓦斯は本件各土地を更地として取得したものというべきものである。

(二) しかし、原判決は、本件各土地は更地として被告会社から千葉瓦斯に譲渡されたとし、右<2>の譲渡による収益は、被告会社に帰属したとは認められず、田口稔昌、川井源一に帰属した、との弁護人らの主張を排斥した。

そこで、以下、右判示にもかかわらず、右<2>は田口稔昌、川井源一が取得したものであること、およびかりにそうとは認められないとしても、被告人会社が取得したとは認められないから、その譲渡による収益が被告会社に帰属するわけのないこと、右<2>は同人らが千葉瓦斯に譲渡したものであること、かりに、そうは認められないとしても、被告会社が譲渡したとは認められず、その譲渡による収益が被告会社に帰属したとすることはできないこと、ならびに、かりに被告会社が譲渡したとするとしても、右譲渡代金のうちその転売利益相当額は被告会社から同人らに支払うべき義務を負うものとして被告会社の損金に計上すべきものであることを明らかにする。

2(一)(1) 北島居宅とその借地権の取得からその譲渡に至るまでの間の事実関係および法律関係は以下のとおりである。

(ア) 北島居宅について締結された売買契約の売主は北島喜美子、買主は田口稔昌、川井源一であり、被告人が千葉銀行中央支店に現金一、九〇〇万円を持参して、北島喜美子から同人名義の右同額の領収証が交付されるとともに、同人の同銀行に対する借入金が返済されて抵当権設定登記が抹消され、同人から所有権移転に必要な書類が交付され、田口稔昌、川井源一に対する所有権移転登記がなされた。

なお、右現金の出所については検察官からは立証は何らなく、他方、田口稔昌は、右現金はその少し前に田口稔昌、川井源一が第三者に対して譲渡した西五所の土地建物の売却代金を充て、それを被告人に交付したものである旨証言した。

(イ) 北島喜美子は北島自宅の譲渡の条件として代替家屋の提供を要求していた。そこで、千葉地方裁判所の競売物件であった穴川物件を取得して提供することとし、橋本巌のために働いていた三本松義雄名義で入札代金三、一一一万一、一〇〇円をもって競落して取得し、居住者を退去させたうえ補修工事をしてから北島喜美子に引渡した。

なお、右入札代金の出所については検察官からは立証は何らなく、他方、田口稔昌は、右現金は右に述べた西五所の競売代金を充てたものである旨証言した。

(ウ) 本件各土地が千葉瓦斯に譲渡された頃に、北島喜美子は田口稔昌らを名宛人として金一、七〇〇万円を「地上権放棄料」として受領した旨を記載した同人名義の領収証を交付した。

(エ) 田口稔昌は、北島居宅の取得後から本件各土地が千葉瓦斯に対して譲渡されるまでの間、北島喜美子名義の預金口座に地代を振込んで支払った。

(オ) 北島居宅は千葉瓦斯に対する譲渡の直前までに取壊された。

(2) 以上に述べたところによれば、北島居宅とその借地権は北島喜美子から田口稔昌、川井源一に対して譲渡されたものと認めるべきである。かりに、そうとは認められないとしても被告会社がこれを取得したと認めるに足る何らの証拠、事実は認められないから、これを被告会社が取得し譲渡したとすることは出来ない。とりわけ、その売買契約書における買主名義、登記上の取得名義などが田口稔昌、川井源一が取得したものであることを明示している状況のもとで、その取得資金を被告会社が拠出した事実さえ認められないのであるから、これを被告会社が取得したと認めることはとうてい許されない。

(二)(1)(ア) 本件各土地を更地として千葉瓦斯に譲渡する交渉が進展するにつれて、同社が支払に同意した代金額から相続人らに対して支払う土地代金を控除した多額の残代金が、田口稔昌、川井源一に対して北島居宅とその借地権の譲渡代金として、被告会社に対して北島事務所とその借地権の譲渡代金として支払われる見込みになってきたが、同時に、それに対して課税されるべききわめて多額の所得税、法人税を免れるための方策が話題になるようになった。その結果、これらを田口稔昌、川井源一および被告会社からそれぞれ大東食品に対して安価で譲渡したうえで、それを大東食品から千葉瓦斯に譲渡した形式を仮装することになった。

その目的で、北島居宅については田口稔昌、川井源一から大東食品に対して、北島事務所については被告会社から大東食品に対して、それぞれ譲渡した旨の売買契約書が作成され、所有権移転登記がなされた。

このため、北島居宅とその借地権、北島事務所とその借地権の千葉瓦斯に対する譲渡については大東食品から千葉瓦斯に対する借地権付建物の売買の形式がとられた。したがって、千葉瓦斯に対する譲渡代金の領収証としては大東食品名義のものが作成された。

(イ) 右譲渡代金は被告人に交付され、被告人はこれを被告人、その家族、田口稔昌、川井源一などの名義で預貯金をした。

また、被告人は、平成三年四月、田口稔昌、川井源一が相続人らから本件各土地と同様に相続物件であった本件各土地の隣地(加曽利町七一四番の一)(甲第七七号証)を買取るために、第一勧銀から借入れた各金五、〇〇〇万円(合計金一億円)を右両名のために支払い返済した。右支払は、本件各土地の譲渡代金のうち北島居宅とその借地権の譲渡代金として被告会社から田口稔昌、川井源一に交付すべきものの一部の返済の趣旨でなされたものである(証人田口稔昌証言、被告人供述、甲第七七号証)。

(2) 以上に述べたところによれば、北島居宅とその借地権は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたとすることは出来ないから、その収益が被告会社に帰属したとは認められない。

また、かりに、被告会社が譲渡したものとしても、すでに述べたところによれば、北島居宅とその借地権は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたとすることは出来ないから、その収益が被告会社に帰属したとは認められない。

また、かりに、被告会社が譲渡したものとしても、すでに述べたとおり、被告会社は北島居宅とその借地権を取得したとは認められず、その取得資金を拠出したことの証拠もないのであるから、被告会社は、田口稔昌、川井源一から北島居宅とその借地権の譲渡を受けて、それを北島事務所とその借地権とともに、一括して千葉瓦斯に譲渡したものというほかはないところ、北島自宅とその借地権譲受代金額は、譲渡の時期、内容からして、千葉瓦斯に対する譲渡代金と同額と解するのが当然である。すなわち、かりに、北島居宅とその借地権は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたものとしてそれによる収益は被告会社に帰属したと認めるのであれば、被告会社は、田口稔昌、川井源一に対して千葉瓦斯からの譲渡代金と同額をその譲渡代金として支払うべき筋合となるから、同額が被告会社の損金として計上されなければならないのである。

すなわち、北島居宅とその借地権は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたものとするのであれば、同額の取得費が被告会社の損金として計上されるべきであるから、被告会社には、結局、田口稔昌、川井源一が直接千葉瓦斯に譲渡したとする場合と同額の所得が生じたこととなるはずである。

3(一) しかるに、原判決は、すでに述べたとおり、本件各土地は更地として被告会社から千葉瓦斯に譲渡されたとの認定を相当として是認したうえで、この点を不当とする弁護人らの主張のうち三点をとりあげて検討し、これらをすべて排斥した。

(二) しかし、この点についての原判決は、以下に述べるとおり、弁護人らの主張を排斥する理由とはならず、不当であって肯認できない。

六1(一)(1) 原判決は、弁護人らは、北島居宅は田口稔昌、川井源一がその居住用建物として取得したものであり、その取得資金は西五所の土地建物を売却して得た資金を充てたものであるから、「被告人」(「被告会社」の誤記と認める。)が本件土地全体を買い上げる目的で北島居宅を取得したと判示するのは不当であると主張するとしたうえで、以下の事実を指摘してこれを排斥した(なお、原判決が弁護人の主張として摘示するところは不正確であるとともに誤ったものである。すなわち、弁護人らは、北島居宅は田口稔昌、川井源一らがその居住用建物として取得したものであり、その取得資金も自らにおいて拠出し、地代を支払っていることなどからすると、北島居宅は田口稔昌、川井源一が借地権付で取得したものと認められるから、北島居宅とその借地権は、被告会社から千葉瓦斯に譲渡したものではなく、田口稔昌、川井源一から千葉瓦斯に譲渡したものであり、千葉瓦斯の支払った本件各土地の譲渡代金のうちこれに相当する部分は被告会社の収益にはならないと主張したのである。)。

すなわち、原判決は、「前記のとおり、被告人は当初から被告会社において本件土地の転売を行うことを企図していたと認められるのであるから、その計画を進めている最中に、田口等がその住居として使用するために北島居宅を購入するのは不自然である。」とし、この点についての被告人の公判廷供述、陳述書の記載、田口稔昌証言は、「取得した北島居宅に田口らが居住することもなく取壊されて本件土地が売却されていること」、「居住を目的としていたのであれば、多数の資金を要する底地買収工作を行う必要はないこと」などから信用できないとした。

しかし、関係証拠の内容によれば、原裁判所は、これら証拠の内容を適確に理解しないだけでなく、誤解さえしたうえで、右判示に及んだものであることが窺われ、右判示は杜撰との非難を免れない。

(2)(ア) 第一に、北島居宅は、当初は、田口稔昌、川井源一の居宅用に使用する目的で取得したものであることについては、控訴趣意書において引用したとおり、被告人の検察官に対する供述調書(乙第八号)に明確かつ具体的に記載されているところである。右供述記載によれば「私は当初、カワイ住宅の事務所を市原から千葉に移すチャンスという気持ちもあって、この事務所や居宅を買おうと決めたのでした。つまり、事務所をカワイ住宅の事務所に、北島の居宅は弟の田口稔昌や、できたら両親にも住んでもらおうと考えたのでした。」とされているところ、その信用性を直接的に否定する証拠は見当たらず、右供述の信用性を否定すべき事実として原判決の指摘するところは、後に述べるとおり、何らその信用性を否定する意味をもたない。

(イ) 第二に、原判決は、被告人は「当初から」被告会社において本件各土地の転売を行うことを企図していたと認められると判示する。しかし、「当初」からその「企図」について現実的可能性が生じたとはとうてい言えない状況にあり、たとえ、被告人が本件各土地の転売を「企図」していたとしても、それは「希望」なり「願望」の域を出ないものであったとしか認められない。

このことは、すでに弁護人がくり返し指摘してきたところであるが、証拠上明白な次の事実により疑問の余地はない。すなわち、被告人は被告会社の事務所として使用する目的で北島事務所を取得したところ、引続いて、橋本巌から北島居宅の取得をも勧められたが、被告人にも、被告会社にも、その取得資金がなく、銀行に申出たところ、被告人会社に対しては融資することが出来ないが、田口稔昌、川井源一に対してならば融資することが出来るとの回答を得たので、北島居宅をも取得することとしたという事実である。

この事実が明確に示しているのは、当時は、被告人にも、被告人会社にも、北島事務所とその借地権を取得するだけの資金しかなく、自らには北島居宅を取得する資金は調達できない状況にあったということである。このような状況においては、本件各土地の所有権(底地権)の取得に至っては思いもよらないことであり、その現実的可能性はなかったということである。さらに、その当時には、相続人らの遺産分割協議が成立する見込はなく、本件各土地を全体として売却することなどは現実的には考えられない状況にあった。すなわち、右判示は、被告人が当初から本件各土地の転売を企図していたというのであるが、当初においては、右に述べたとおり、その現実的可能性はなかったのである。

また、かりに、田口稔昌、川井源一がその居住用に北島居宅を取得したとしても、被告人においてその後に資金を準備することが出来れば、田口稔昌、川井源一の同意を得て、本件各土地全体の転売は可能となるのだから、田口稔昌、川井源一がその居住用に北島居宅を取得することは何ら不自然ではないのである。

(ウ) 第三に、右判示は、北島居宅には田口稔昌、川井源一が居住することもなく取壊された事実を指摘するが、この点も原判決が証拠を精査しなかったことを露呈するものである。

すなわち、関係証拠上、北島喜美子は北島居宅の譲渡にあたって、代替住居の提供を条件としていたのであり、このために穴川物件を取得し、居住者を退去させ、補修工事を行ってから、ようやく、同人を北島居宅から退去させるにいたったのである。それまでは、田口稔昌、川井源一は、これに居住したくても出来ない状況にあったところ、そのうちに千葉瓦斯に対して本件各土地全体を売却する交渉が進展しはじめ、これに居住することのないうちに、結局、取壊されることになったのである。右経緯によれば、右判示の挙示する右事実は田口稔昌、川井源一がその居住用に北島居宅を取得したものであることと何ら矛盾するものではないのである。

(エ) 第四に、原判決は、「居住を目的としていたものであれば、多額の資金を要する底地買収工作を行う必要はない」とも判示する。しかし、被告人も被告人会社も「底地買収工作」なるものを行った事実はなく、「多額の費用」をかけて買収工作を行ったこともない。本件各土地の所有権(底地権)の千葉瓦斯への譲渡は相続人らが行ったものであって、被告人も、被告会社も、それを買収したことはないし、その買収工作を行ったこともないのである。

被告人、被告人会社および田口稔昌、川井源一らは、相続人らが底地権を第三者に譲渡する場合には、同時に、各建物とその借地権を譲渡することにより、借地権を換価することが出来ることになる関係にあったから、その実現のために、橋本巌を通じて、相続人らが千葉瓦斯に対して本件各土地の底地権を譲渡することに合意、協力をするように工作したにとどまる。結局、相続人らは、本件各土地を千葉瓦斯に対して譲渡することとなり、その代金は直接に千葉瓦斯から相続人らに交付されているのである。

また、具体的な説示がないので判示の趣旨は不明であるが、田口稔昌、川井源一が北島居宅をその居住用に取得したものとしても、その後においてでも、同人の承諾を得て、本件各土地に関する権利の一部として北島居宅とその敷地に対する借地権を第三者に売却することは出来るのである(田口稔昌は被告人の弟、川井源一は被告人の父であり、いずれも被告人と共同して事業に携っていた者であるから、相応の理由がありさえすれば、その承諾を得られる可能性はある。とりわけ、現実の居住が始まる前であればその可能性は極めて大きい。)。

すなわち、田口稔昌、川井源一がその居住用として北島居宅とその借地権を取得することは本件各土地の底地権買収工作をすることとは、そもそもからして、何ら矛盾するものではないのである。

(二)(1) 次に、原判決は、北島居宅の取得資金は西五所の土地の売却代金を充てたとの田口稔昌証言はあいまいな内容であって信用できず、他方、捜査段階において、被告人は、一貫して、「北島居宅は田口等の名義を借用して被告会社で購入し、売買契約書の買い主欄の田口等の氏名は被告人が記載した」と供述し、田口稔昌も、検察官に対する供述調書において、「北島居宅に関する取引には一切関与しておらず、その売買契約書の買い主欄の田口等の住所、指名は自分らの筆跡ではなく、被告人の筆跡と思われるし、売買代金一九〇〇万円を個人として支払ったこともない」旨明確に供述していると判示する。

(2)(ア) しかし、第一に、右判示が被告人の供述として引用する「田口等の名義を借用して被告会社で購入した」との供述の意味内容は抽象的であって具体的に何をいうものか理解することは著しく困難である。一般的な理解としては、取得名義としては田口稔昌らの氏名を借用したが、実際は被告会社が取得したものであるとの趣旨と解される。しかし、原判決も認めているとおり、北島居宅の取得資金を被告会社が拠出したことについては何らの証拠がないだけでなく、この点については被告人の供述もいっさい録取されておらず、売買契約書上も登記上もその取得名義は田口稔昌、川井源一になっているのである。不動産の取得につき取得資金を拠出したこともなく、取得名義人にもなっていない被告会社の代表者が、抽象的な表現をもって、当該不動産は被告会社の取得したものであると供述しているからといって、それをそのままに信用して良いはずはないし、右供述を理由に、課税関係上被告会社をその取得者と認めるべきだということにもならない。右供述は、いわば、自らがその実質的取得者であるとの見解あるいは認識を述べたものというべきであるが、このような抽象的主観的は見解ないし認識に従って課税することは許されず、具体的事実に基づいて実質的な取得者であると認めることが出来てはじめて、課税関係上の所有者と認めるべきものである。

また、他人名義を借用して不動産を取得した場合には、将来的にその名義人からその不動産について所有権を主張される危険があるし、登記上の所有名義人は対外的には所有者とみなされてそれを差押えられることもあるうえに、名義の借用にすぎなくても、名義人が同意しない場合には、所有権の移転、抵当権の設定などの処分は出来ないなど、実質上の所有者であるにもかかわらず所有権の行使が完全になし得ない事態の生ずるおそれもある。したがって、通常は、何らかの具体的理由あるい必要性がなければ、不動産の取得にあたって他人名義を使用することはないのである。しかるに、被告人の右供述には、いかなる理由あるいは必要があって、被告会社が田口稔昌、川井源一の名義を借用したのかについて何らの説示もないし、被告人の供述調書にも、田口稔昌の供述調書にも、その証言にも、この点に言及したところはまったくないのであるから、名義を借用したとの供述をそのまま信用するわけにはいかない。

被告人が捜査段階において一貫して右供述をしていたとしても、それは不動産の所有権の所在という法的評価に関する主張ないし認識を述べるものにすぎず、その取得資金の出所や何故に名義を借用したのかについて、具体的な説明もなされていないのであるから、右供述を理由に、北島居宅は被告会社が取得したものと認めるのが相当であるということにならない。

また、あえて論及するまでもないことであるが、売買契約書に署名したのが田口稔昌、川井源一ではなく、被告人であるからといって、契約書の署名が他人によってなされることはさして奇異なことではないし、契約書の署名者だからといって、その者が取得したことになるわけでもないから、右事実は北島居宅の取得者が誰であるかの判断にはほとんど何の関係もないというべきである。

(イ) 他方、田口稔昌の検察官調書には原判決が判示するとおりの供述記載がある。しかし、他方において、田口稔昌は、証人として、捜査段階において同人は検察官に対して、北島居宅の取得には西五所の売却代金を拠出した旨説明したが、検察官は調書への記載をしなかったと証言している。課税関係上不動産の取得者を特定するについては、その取得資金の出所はもっとも重要な意味がある事実であることはいうまでもないことであるから、検察官がこの点を解明すべく客観的証拠に基づいて関係者に供述を求めないはずはない。しかるに、田口稔昌の検察官に対する供述調書には、自らの資金拠金を否定する旨の供述があるにとどまり、経理担当者として被告会社の資金調達の任にあたっていた立場にあったにもかかわらず、その出所について供述する部分がまったくない。

また、被告人の供述調書には、北島居宅は「被告会社で購入した」旨の供述があるものの、そこには、田口稔昌の検察官調書における場合と同様に、その資金の出所についてはいっさいの供述がない。しかも、北島居宅の取得当時に、その購入資金がないために銀行に融資を求めたところ、被告人、被告会社に対しては融資枠が無くて応じられないが、田口稔昌、川井源一に対してなら融資は出来るとの回答があった旨の被告人の供述調書の記載からすると、当時、被告会社は北島居宅取得の資金が調達できない状態にあったことは明らかである。すなわち、北島居宅の取得のために北島喜美子に対して最初に支払った金一、九〇〇万円は被告会社が容易に調達できる金額ではないのである。

このような事実関係のもとにおいて、検察官がその資金の出所を捜査しないで済ませたとはとうてい考えられないのである。しかし、西五所の土地建物の売却代金を充てたという田口稔昌の供述では、被告会社が北島居宅を取得しそれを譲渡して利益を得たことにはならないことから、右供述を録取せず、資金の出所については不明のままで捜査を終了させてしまったのではないかとの疑念を禁じ得ないのである。

すなわち、田口稔昌の供述調書の記載を信用するとしても、右認定が肯認できることにはならないのである。右供述調書の記載に徴して、資金の出所についての同人の証言を措信できないと判断するとしても、そのことは、北島居宅の取得資金を田口稔昌、川井源一が拠出したことについての証明がないことを意味するにすぎず、被告人が資金を拠出したことが立証されたことになるわけではないからである。

(ウ) ところが、原判決は、この点に論及して、北島居宅取得資金の具体的な出所を明らかにするもののないことは認めたうえで、「事態の推移が右のようなものであることに照らすと、この点は被告会社が取得したと認定することに影響を及ぼすものではない。」と判示した。しかし、右判示に対しては驚くべき非常識な暴論であるという以外に適当な批判の言葉がない。

千葉瓦斯が本件各土地の取得につき支払った譲渡代金による収益はすべて被告会社に帰属したと認定するについて、原判決は、右譲渡にあたって関係者が合意して作成した契約書の示す法律関係を無視し、関係諸事実に対する総合的考慮により収益の帰属を認定するという判断手法をとったことについてはすでに述べたところである。原判決が右の判断手法をとったのは実質所得者課税原則を尊重しようとしたためであると理解されるのであるが、譲渡した資産の取得資金を誰が負担したかは、実質所得者が誰であるのかの判断において決定的な重要性を有する事実であるはずである。しかりとすれば、右判断においては、「事態の推移」よりも、取得資金の出所こそがはるかに重要な意味をもつはずである。それにもかかわらず、資金の出所が不明であることは収益の帰属の判断に影響がないと判示するのは、一方で実質所得者課税の原則を尊重する姿勢を示しつつ、他方で右原則にかかわるもっとも肝心な部分で右原則を無視する論理であり、御都合主義的判断との批判を免れない。「事態の推移」は、収益の帰属に関する間接事実ではあり得るにしても、それは、資金の出所によっては、所得の帰属の判断にとってはまったく無意味になることも考えられる程度の意味しか有しないものである。したがって、「事態の推移」を理由に、取得資金の出所が不明であることは収益の帰属の判断に影響がないとする判示は、あまりに非常識でありとうてい肯認できるものではないといわざるを得ないのである。

(エ) 被告会社が北島居宅の取得資金を拠出したことについては具体的な証拠がなく、また、当時、被告会社には右資金を調達できる状況になかったことが認められる一方で、北島居宅は売買契約上および登記上田口稔昌、川井源一を名義人として取得されていて、被告人会社が同人らの名義だけを借用したと認めるに足る事情も見当たらず、田口稔昌証人は右取得資金は西五所の土地建物売却代金を充てたと証言するところ、田口稔昌、川井源一は、その頃、右資金を保有していたと認めることが出来るのであるから、右証言はその内容があいまいだからといって無視し得るようなものではなく、結論においてこれを信用すべきものである。

そして、たとえ、田口稔昌証人の右証言はあいまいであって信用できないと判断すべきものとしても、被告会社による取得資金拠出の具体的証拠がなく、その当時に被告会社に右資金調達の見込がなかったことは明らかであるという本件における関係事実のもとにおいては、被告会社が北島居宅を取得したとする点については、証拠が不充分であり、合理的な疑いがあることに変わりはないのであるから、被告会社が北島居宅とその借地権を取得したと認定することは許されないのである。

(三)(1) 次に、原判決は、弁護人らは、第一審判決が被告会社が千葉瓦斯に対し本件土地を譲渡したものと認定した点は事実を誤認し法令の解釈適用を誤ったものと主張するとして、要旨、以下のとおり判示して右主張を排斥した。

すなわち、「本件土地の売主が被告会社であり、被告会社と千葉瓦斯との間の本件不動産取引が土地建物の取引ではなく、本件土地のみの取引である」ことは、

(ア) 被告人が平成元年一月ころから、本件各土地につき不動産仲介業者を通ずるなどして売却対象物件としていること。

(イ) 千葉瓦斯との売買交渉では「被告会社が売主の立場で本件土地を一体として更地として取引することが前提とされ」、実際に北島事務所、北島居宅を撤去して更地として引渡していること。

(ウ) 売買代金額が坪当り単価一三〇万円という単位面積当りで算定されていること。

(エ) 千葉瓦斯との交渉、証拠金授受、代金決済等は被告人および橋本巌があたり、土地売却諸費用は被告会社が負担していること。

(オ) 本件各土地の処分につき、相続人らと橋本巌との間で本件各土地を含む相続物件の一括譲渡と処分価額が事前に了解合意されており、その後の処分方法には相続人らは関与せず、「処分利益の帰属は被告会社及び橋本の計算と判断により決定されている。」こと。

(カ) 売主側の仲介業者に対する仲介手数料は被告会社が支払っていること。

(キ) 本件各土地の縄延び分の清算金は被告会社が受領したこと。

(ク) 北島事務所、北島居宅の形式上の売主である大東食品ダミーであること。

などの事実により、優に認めることが出来るというのである。

(2)(ア) しかし、千葉瓦斯に対する譲渡における関係事実とその法律関係についてはすでに述べたとおりであって、本件各土地は被告会社が千葉瓦斯に譲渡したとは認めることは出来ず、右判示の挙示する右各事実はいずれも本件各土地の売主が被告会社であるとの認定にとって意味のある事実ではない。

千葉瓦斯に対する本件各土地の譲渡に関する事実関係および法律関係は、<1>相続人らの本件各土地の所有権(底地権)、<2>田口稔昌、川井源一の北島居宅とその借地権および<3>被告会社の北島事務所とその借地権の各譲渡を一括して同時になしたものと解すべきものであり、このように解することが証拠上もっとも妥当適切である。これに反して、被告人が本件各土地を千葉瓦斯に譲渡したものとの理解は、すでに述べたとおり、右<1>について、千葉瓦斯への譲渡以前に相続人らから被告会社に対して譲渡されたことが認められなければならないところ、この点を認めるに足る事実はまったくなく、右<2>について、被告会社による本件各土地取得の事実と田口稔昌、川井源一が単なる名義人であることとが認められなければならないところ、被告会社がその取得資金を拠出したことを認めることが出来ないのであるから、これを認めることはとうてい出来ない。結局、被告会社が千葉瓦斯に譲渡したのは右<3>にとどまり、本件各土地全部を譲渡したとは認めることは出来ない。

しかし、原判決は、右列挙の事実をもって、被告会社が千葉瓦斯に対して本件各土地全部を譲渡したと認められると判示するので、すでに述べたところと重複することを忌わずに、あらためて、右判示の挙示する事実はいずれも何ら右認定の理由、根拠となるものではないことを明らかにする。

(イ) なお、原判決が、弁護人らの主張を排斥するあたり、「本件土地の売主が被告会社であり、被告会社と千葉瓦斯との間の本件不動産取引が土地建物の取引ではなく、本件土地のみの取引である」と判示するところからは、原判決は、「土地建物の取引」かあるいは「土地の取引」かが本件不動産取引の法律関係に関する争点であると理解し、この点についてそれが「土地の取引」であると認められることを理由に、本件各土地は更地として被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたと認定したものと解される。しかし、本件不動産取引の法律関係に関する争点は「土地建物の取引」か「土地の取引」のいずれであるかであるとしてしまっては、問題の焦点を適確に促えたことにはならない。課税の観点において本件不動産取引の法律関係に関する最大の問題は借地権の帰趨である。土地の上に借地権付建物がある場合には、第三者に対して土地の完全な所有権を取得させるためには、建物を取壊すだけでは不充分であり、借地権を解消する必要があるところ、借地権を解消するためには、借地権者の承諾が必要であり、それを得るためには借地権者に対して相応の借地権価額(取引の実態としても、課税の実務においても、宅地の場合には土地価額の六割以上、店舗用の場合には七、八割とされている。)を代価として支払わなければならないのである。本件不動産取引の場合には、法律関係において北島自宅の借地権および北島事務所の借地権がどのようにして解消されたかが問題であり、その解答によりその代価が誰に帰属したかが定まる関係にあるのである。原判決は、問題を「土地建物の取引」か「土地の取引」かと設定することによって、借地権の解消による代価の帰属という課税関係を定めるについて不可欠の争点を看過してしまった疑いがある。

(3)(ア) (右(ア)について)

右判示は、被告人が平成元年一月ころ不動産仲介業者を通じ、本件各土地を売却対象物件にしたとする。しかし、右時点においては、被告会社名義で北島事務所とその借地権、田口稔昌、川井源一名義で北島居宅を入手したばかりであり、相続人らの遺産分割協議はまとまる気配さえなく、さらに、被告人にも被告会社にも本件各土地の所有権(底地権)を買取る資金のあてはまったくなかったのである。しかも、売却対象物件にしたからといって、必ずしも被告会社が本件各土地全部を売却するとはかぎらず、相続人らにおいて所有権(底地権)、被告会社らにおいて借地権を同一人に売却すればその目的を達するのであるから、このことをもって被告会社が本件各土地を千葉瓦斯に売却したとすることは出来ない。

さらに、実際に、千葉瓦斯に対して売却されたのは、平成元年一〇月二五日、各建物とその借地権の取得から一一ケ月後のことであり、その間における関係者間の協議、交渉を経て、ようやく千葉瓦斯に対する譲渡の法律関係が定まったのであるから、その約一一ケ月も前に、不動産仲介業者を通じて本件各土地を売却対象物件にしたことがあったからといって、被告会社が本件各土地全部を売却したことになるわけはない。

すなわち、被告会社が、具体的に、平成元年一月ころから本件各土地全部を売却対象物件としたとはとうてい認められないし、右事実が認められるとしても、そのことは被告会社が本件各土地全部を千葉瓦斯に譲渡したとの認定を導くものではあり得ない。

(イ) (右(イ)について)

「千葉瓦斯との売買交渉では、被告会社が売主の立場で、本件土地を一体として更地として取引することが前提とされた」との点を認めるに足る証拠はない。

千葉瓦斯が本件各土地を更地として買受けたいとの意向をもって売買交渉にあたり、最終的には、売主側がこれに応じた形で売買契約がまとまったことは事実である。しかし、千葉瓦斯にとっては更地を取得できれば良いのであるが、他方、本件各土地についての権利者(相続人ら、田口稔昌、川井源一および被告会社)それぞれにとってはその権利譲渡の対価として相応の金額を確実に受取る必要があるのである。

そして、双方がその目的を達するための権利者間ならびに権利者それぞれと千葉瓦斯間に設定されるべき法律関係としてはさまざまな形態があり得るのであって、被告会社から千葉瓦斯に対する更地所有権の譲渡でなければならないとする理由はない。相続人らが借地権に対して相応の対価を支払って各借地契約を解約したうえで、相続人らが本件土地を更地として千葉瓦斯に譲渡する方法もあり、この方法は、千葉瓦斯にとっては、もっとも安全かつ確実なものとも言える。被告会社が相続人らから土地所有権(底地権)を買取って千葉瓦斯に譲渡するという原判決の認定した方法もないわけではない。また、実際になされたように、相続人らの土地所有権(底地権)、田口稔昌、川井源一の借地権および被告会社の借地権を、別々に、しかし同時に、譲渡する方法もある。なお、付言するに、右のいずれの法律構成によるにせよ、これら権利者それぞれの収益は同じとなるから課税関係はまったく同じである。したがって、関係者にとっては、どのような法律構成をとるかの選択にあたって課税関係への配慮は無用である。

すなわち、本件不動産取引において、被告会社を売主として本件土地を一体として更地として取引する必然性、合理性はなく、また、実際にも別の取引形態が採用されているのであるから、右判示は明らかに証拠、事実を無視したものである。

さらに、各建物が取壊されてから千葉瓦斯に対して引渡されたという事実も、千葉瓦斯に対する譲渡の法律関係を規定するものとはならない。すなわち、借地権に基づいて土地上に建築された建物は、たとえ取壊されたとしても、それが借地権契約が解約されたことに基づくものでないかぎり、借地権が失われるわけではなく、このことは民法、借地法の規定により明白なところである。したがって、建物が取壊されても借地権は存続しているのであり、土地所有権者といえどもこれを無視してその土地を使用することは出来ず、更地として取得するためには、建物を取壊すだけでは足りず借地契約そのものを解約しなければならないのである。そして、本件の場合、借地契約の解約方法としては、本件各土地の賃貸人である相続人らが解約することも、その譲渡を受けた千葉瓦斯が解約することも可能である。また、借地人である田口稔昌、川井源一および被告会社がそれぞれその借地権を本件各土地の譲受人である千葉瓦斯に譲渡すれば、借地権は民法上の混同によって消滅する。いずれにせよ、借地上の建物が取壊されたからといって借地権は失われるわけではなく、借地権を消滅させるためには、右に述べたいずれかの方法を採らなければならないことになるところ、そのためには、当然のこととして、借地権者に対して相応の対価を支払う必要が生ずることになる。すなわち、建物が取壊されたからといって、本件各土地は被告会社から千葉瓦斯に対して譲渡されたものであることになるわけではないのである。

(ウ) (右(ウ)について)

千葉瓦斯としては更地として本件各土地を取得することを求めていたのであり、建物は不要であり利用価値はなかったのであるから、同社がその取得価額を坪当り単位で算定して売主側に提示したのは当然のことである。売主側としては、このような算定方法で支払われた代金を権利者間、関係者間でどのように分配するかの問題は生じるが、その金額が権利者、関係者らの期待する分与額の合計額に足りるものであれば良く、買主側における価格の算定方法がどのようなものであるかはまったく関心のない事項である。すなわち、この点は、被告会社が千葉瓦斯に対して本件各土地を更地として譲渡したかどうかとは何の関係もない事実である。

(エ) (右(エ)について)

千葉瓦斯との交渉、証拠金授受、代金決済等を実際に担当したのが誰であるかは、本件各土地譲渡の法律関係とも、収益の帰属とも、何の関係も有しない。これらの担当者が、誰のために、いかなる法的関係のもとに、これらの事務を処理していたかが問題なのである。

また、土地売却諸費用を被告会社が負担したことは、被告会社が本件各土地を千葉瓦斯に譲渡したことを意味しない。本件各土地の各権利者は、千葉瓦斯から支払われる譲渡代金からあらかじめ合意したところに従って定まった代金の配分を受けることとし、その残金を被告会社が取得し、諸費用は被告会社が負担することにしたにすぎないのであり、このようにすることにしたことは被告会社が本件各土地を譲渡したことを意味しない。

(オ) (右(オ)について)

相続人らと借地権者との間における了解合意は本件各土地を第三者に対して更地として譲渡するために必要不可欠のことである。それなしには、買主が更地として本件各土地を取得する見込はたたないから、買主としては当然にこの点の保障を求めることになる。したがって、本件各土地の所有者(底地権者)と借地権者らとの間では買主から支払われることになる代金の分配内容および建物の収去に関する諸事項などをあらかじめ協議交渉せざるを得ないのである。相続人らと橋本巌との交渉も右の趣旨でなされたものであることは明らかである。その結果、相続人らが実際に取得する金額を定め、被告会社が諸費用を負担したうえで残額を取得することに合意が成立したものにすぎず、これをもって、被告会社が本件各土地を千葉瓦斯に譲渡したとするわけにはいかない。

(カ) ((カ)について)

被告会社が不動産仲介料を負担したのは右(エ)において述べた事情によるものであり、右判示については右に述べたところと同一のことを指摘することが出来る。

(キ) ((キ)について)

縄延び分の清算金を被告会社が受領したのは、被告会社と相続人らとの間で、本件各土地の譲渡代金のうち相続人らに対して支払うこととした分を除いた残金はすべて借地権者らが取得することが了解されていたことによるものである。右事実は、被告会社が本件各土地を千葉瓦斯に譲渡したとの判断を導くものとは言えない。

(ク) ((ク)について)

ダミーの介在は法人税逋脱の目的でなされたものであることは事実であるが、そのことは法律関係の認定においては、ダミーである大東食品が介在しないものとして理解することが必要であることを意味するにすぎず、本件各土地が更地で被告会社から千葉瓦斯に譲渡されたものかどうかの判断とは何のかかわりもない事実である。

第三 結論

1(一) 以上に述べたとおり、原判決が、被告会社の納税義務を判断するについて、千葉瓦斯が支払った本件各土地の譲渡代金による収益の全額が被告会社に帰属したとした点については、合理的な疑いがあってとうてい認めることは出来ない。右判示は、事実を誤認しまたは法令の適用を誤ったものであり、これにより被告会社が負わない納税義務を認定したものである。

(二) かりに右認定に従うとすれば、右判示の事実は、被告会社は北島居宅とその借地権を同人らから譲渡を受けたうえで千葉瓦斯に対して譲渡したことを意味するから、被告会社は、同人らからこれを譲受けるにあたり、その譲渡代金を支払わなければならないこととなる。そして、右譲渡代金には転売利益が含まれるべきであり、その金額は、譲渡の時期、形式からみて、北島居宅とその借地権および北島事務所とその借地権の取得代金の合計額として千葉瓦斯から支払われた金員をそれぞれの敷地面積に応じて分割した金額であるべきである。

しかるに、原判決は、北島居宅とその借地権を同人ら名義により取得するについて支払った諸経費のみを被告会社の損金として計上することを認めたにとどまり、被告会社が右譲渡による転売利益を同人らに対して支払うべき義務があることを看過し、この分を被告会社の損金として計上することをしなかった。

すなわち、原判決は、逋脱罪の構成要件である納税義務の認定にあたって、事実を誤認しまたは法令の適用を誤り、右に述べた北島居宅およびその借地権の転売利益を被告会社の損金に計上しなかったものである。

(三) 右誤りは、右(一)、(二)のいずれにしても判決に重大な影響を及ぼすものというべきであって、これを破棄しなければ著しく正義に反すること明らかである。

2 なお、すでに述べたとおり、被告会社が納税義務を負う税額は逋脱罪の構成要件事実であるから、この点については厳格な証明がなされなければならないことはいうまでもない。

しかるに、原判決のこの点についての判示をみるに、被告会社への所得の帰属を認める趣旨の被告人や関係者の供述にのみ依拠し、その事実関係、法律関係からみたときに、被告会社にその所得が帰属することを認定することが出来るかどうかについてはほとんど検討を加えた形跡がない。所得の帰属は納税義務の有無を決定する前提事実であるところ、法人税法によれば所得の帰属は取引に関する客観的事実関係によって定まるものである。したがって、この点についての関係者の認識あるいは理解は所得の帰属を決定するについては無意味であり、原判決が被告人や関係者の供述により納税義務を認定した点は明らかに同法を無視したものとして厳しく批判されるべきものである。

3 また、逋脱罪の適用にあたり納税義務の存在が厳格な証明により立証されているかどうかの判断にあたっては、課税庁の賦課処分に対する納税者の行政不服申立または賦課処分の取消を求める行政訴訟が認容される余地がないことが確実であるかどうかが検討されるべきである。不服申立などによって賦課処分が取消し修正される可能性がないことが確実とはいえない場合には、逋脱罪の構成要件事実としての納税義務の存在に疑問があることを意味すると考えるべきである。納税義務が認められるとして逋脱罪につき有罪とされた後に、賦課処分の取消を求める行政不服申立または行政訴訟の結果、納税義務が否定されるようなことはあってはならないのであり、逋脱罪の成立を認めるには納税義務の存在について疑問のないことが確認されなければならない。右見地からすると、被告会社の納税義務の存在については重大な疑問がある。

しかるに、原判決の判示は、納税義務の存在を認める理由、根拠をほとんど示さないものであるばかりか、弁護人の指摘する疑問点、問題点を解明したものともいえず、納税義務の存在について充分に審理し判決したとはとうてい思われない。

上告審においては、この点につき、あらためて充分な検討をしたうえで判断されることを強く要請するところである。

第二点 法人税法違反の判示についての上告理由(その二)

-「偽りその他不正の行為」と関係のない所得をも逋脱税額算定の基礎とすることが出来るとの判示について

第一 はじめに

1 原判決は、市川キヱ子および石川三千夫に対する商品売上、工事売上は、第一審判決が「偽りその他不正の行為」として摘示する「第三者名義による取引」とはまったく何の関係も有しないから、これによる所得は逋脱税額の算定の基礎とすべきではなく、この部分を控除すべきであるとの弁護人の主張を排斥して、次のように判示した、

2 すなわち、「本件は、いわゆる虚偽不申告の事案であって、納税すべき額全体について逋脱の故意があり、かつ明白な所得秘匿工作を伴っていたのであるから、本件事業年度に実名名義による取引が別途あったとしても、納税すべき額全体について逋脱の結果を招く危険があったばかりか、全体として虚偽過少申告の事実以上の違法性を帯びるものというべきである。」から、右部分をも含めて全体につき逋脱罪が成立するというのである。

3 しかし、右判示には、以下に述べる点に、判決に影響を及ぼすべき事実誤認または法令の誤りがあり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

第二 上告理由

1 法人税法一五九条一項は「偽りその他不正の行為により」法人税を免れたことを犯罪構成要件とする。

すなわち、「不正の行為」と税を免れたこととの間には因果関係が認められなければならない。何をもって「不正の行為」とするかについて、見解の相違はあり得るにしても、同法一六〇条が無申告それ自体を処罰する旨規定し、その法定刑は逋脱罪のそれよりも著しく軽微であるから、単純な無申告それ自体は逋脱罪における「不正の行為」には該当しないと解すべきである。そして、判例も「不正の行為」とは「逋脱の意図をもって、その手段として賦課徴収を不能もしくは著しく困難ならしめるようななんらかの偽計その他の工作を行うこと」(最判昭和四二年一一月八日)とし、無申告それ自体は「不正の行為」に該るとなしていない。したがって、納税すべき額全体のなかに「不正の行為」とは何ら関係のない収益によるものが含まれているときは、その部分は「不正の行為」とは因果関係がないとすべきであり、その部分に相当する税額については逋脱税額には含まないと解すべきである。

2 しかるに、原判決は、本件は虚偽不申告の事案であって、<1>納税すべき額全体について「逋脱の故意」があり、<2>明白な所得秘匿工作を伴っていたのであるから、納税すべき額全体について逋脱の結果を招く危険があったばかりか、<3>全体として虚偽過少申告の事実以上の違法を帯びることなどを挙示して、「不正の行為」とは何らの関係のない右商品売上、工事売上による収益に相当する部分をも含めて全体として逋脱税が成立するとする。

しかし、右判示に従うとすれば、「不正の行為」があれば、それと何ら関係のない収益に相当する部分をも含めて、納税すべき税額全体について逋脱罪が成立すると解することにならざるを得ず、結局、「不正の行為」と税を免れたこととの間には因果関係は必要がなく、「不正の行為」がありさえすれば納税すべき税額全体について逋脱罪が成立することを認めることと異ならない。しかし、右解釈は、法人税法一五九条一項の規定が、明らかに、「不正の行為」と税を免れることとの間には因果関係が認められることを犯罪構成要件としていることを無視し、逋脱罪成立の範囲を不当に拡大するものというべきである。

3 市川キヱ子、石川三千夫に対する商品売上および工事売上は、明らかに、本件各土地の譲渡について逋脱の手段として第三者名義を使用したこととは何らの関係もない収益であるところ、工事の完成引渡が翌事業年度に行われたことから、本件事業年度の収益に計上しなかったにすぎず、右「不正の行為」とは何らの関係もない。

したがって、右売上げに相当する税額については「不正の行為」とは因果関係はないものとして、これを逋脱税額から控除すべきである。

4 原判決には、右判示の点に、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認または法令適用の誤りがあって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

第三点 所得税法違反の判示についての上告理由

第一 はじめに

1 原判決は、被告人の平成三年分、四年分の商品先物取引による所得の不申告は、平成三年分の商品先物取引による所得の不申告について平成三年夏になされた税務調査において、それが被告人によるものか、被告会社によるものかについて税務署の見解が示されないために、山下忠雄税理士に指導を求めたところ、いずれ税務署の見解が示されるであろうからそれまで申告を待ったらどうかとの見解で示されたために、その申告をなさないでいるうちに、法人税法違反嫌疑による査察調査が開始されて、これらについて申告の機会を失ったものであり、平成三年夏の調査において、商品先物取引における仮名借名の使用の実情も、仮名借名名義による預貯金の存在も調査担当官に説明してあるから、平成三年分、四年分の商品先物取引における仮名借名の使用も仮名借名名義による預貯金も所得を隠匿する目的でしたものではなく、「偽りその他不正の行為」には該当せず、課税を免れる目的でしたものではないから、犯意を欠くというべきである。との弁護人らの主張を排斥して、以下のように判示した。

2 すなわち、山下忠雄税理士の質問てん末書(甲第八一号証)によれば、右のような指導をしたとは認められず、同税理士の証言は曖昧なものであって、所論を裏付けるものとはいえないうえに、被告人は、捜査段階において逋脱の意図を認めているところ、その内容は信用することができるから、所論は採用できないというのである。

3 しかし、右判示には、以下に述べる点に、判決に影響を及ぼすべき事実誤認または法令の適用の誤りがあり、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

第二 上告理由

1 平成三年分、同四年分の所得の不申告は、以下に述べる特別の事情によるものであるから、「偽りその他の行為」には該当せず、かつ、脱税の故意はなかったというべきである。

2(一)(1) すなわち、平成三年夏、被告会社の法人税について税務署の調査があった。その際の主たる調査事項は、ひとつは加曽利町物件の譲渡による所得であり、もうひとつは商品先物取引の利益による所得であった。

右調査は、平成三年中に三、四回に及んだが、これには被告人の依頼により山下忠雄税理士が立会い、被告人会社の事務所で行われた。

被告人はこれに対して、仮名・借名による取引を行っていることをも含めて、商品先物取引の詳細を説明したが、調査担当者は商品先物取引が被告人によってなされているのか、被告人会社によってなされているのか、について疑問を抱き、この点を被告人に質したので、「山下税理士に相談して返事します。」と回答した。しかし、その後、この点についての質問がなかったので、あらためて山下税理士と相談することはなかった。

(2) 平成四年三月、平成三年分の申告期限が追ってきたが、山下税理士の話では、いぜんとして調査を続けているとのことで、税務署からは何ら指導がないため、被告人は山下税理士に対して、平成三年分の商品先物取引の利益による所得申告について、被告人個人のものとして行うべきか、被告人会社のものとして行うべきかについての意見を求めた。これに対し、山下税理士は「いずれ調査結果に基づいて税務署から指導があるだろうから、それに従ったら良い。」との考えを示した。

このため、被告人は、平成三年分申告を行わず、同様の事情で平成四年分の申告をも行わないでいた。

(3) ところが、平成五年八月二六日、被告人会社の法人税法違反嫌疑による東京国税局の査察調査があり、被告人会社事務所、被告人自宅などの捜査がなされ、関係書類が押収された。また、被告人に対する質問がなされた。右調査対象には、当初から、商品先物取引による所得が含まれていたが、後に、この部分にかぎり所得税法違反嫌疑に変更された。

これらの事情のため、被告人は、平成三年分、同年分の所得申告をしないでいたのであり、査察開始後にはその機会が失われたのである。

(二) 右事実については、原審における被告人供述、被告人陳述書などにおいて述べられているところであるが、その概要については、控訴審における証人として山下忠雄税理士もこれに沿う証言をしているところであり、事実と認めることができる。

(三) 右事実によれば、平成三年分、四年分の不申告は、平成三年夏の調査において、それ以前における商品先物取引による所得について、被告人のものか、被告人会社のものかが問題にされたために、山下税理士に対していずれのものとして申告すべきかについて意見を求めたのに対して、税務署の調査に基づく指導に従ったら良いとの意見を得たことから、それが税理士による指導であることもあって、これを見送っていたものであって、所得税を免れようとしたものではない。

すなわち、平成三年、四年分の所得税不申告については、「偽りその他不正の行為」には該当しないというべきであるとともに脱税の意図はなくその故意を欠くというべきである。

3 原判決には、右判示の点に、判決に影響を及ぼすべき事実の誤認または法令適用の誤りがあって、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するというべきである。

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